歌仙【お富士】 

2017年7月2日〜パソコン俳諧

池田正勝(紙男)+大竹誠(遊学)+仙洞田伸一(野良)

 

初折(一の折)表六句

お富士さん知恵熱いでし連句会       紙男
老若男女輪になって遊ぶ          遊学

野良仕事パラソルの下息をつき       野良

タバコ吸えずにスイカを食べる       遊

一夜明け驕る平家も秋の月         野

緑風ふきて新米あふれ           紙

 

初折(一の折)裏十二句

実り絵師アルチンボルト顔描く       遊

シュールな君ウイーンに消え        野

老夫婦情にてともにくらしおり       紙

揺れる心に雑めく心            遊

のみ過ぎか歯医者の麻酔効きわるし     野

助手の笑顔に痛さ忘るる          紙

グラス手に月夜の氷柱折りロック      遊

凍る窓辺に不帰のとも           野

酔いしれて映画のような夢をみた      紙

源氏に平家真田直虎            遊

涅槃よりぞろりと揃い花の宴        野

春の夜空に六八歌う            紙

 

名残(二の折)表十二句

千畳敷束の間の生咲きほこる        野

六根自在オーマイゴッド          遊

酷暑いく風に吹かれてゼロになり      紙

原発映画みる原爆忌            野

蚊帳ごしの寝姿山は白く浮き        遊

お盆休みや子のたかいびき         紙

突然に老境を知るジャンヌ炎ゆ       野

触れてドキドキフォークダンス       遊

ソーダ水昔の恋があわときえ        紙

同窓会は苦い沈黙             野

青い空筋雲浮かび近い秋          遊

風に流れるトンボおいけり         紙

  

名残(二の折)裏六句

コスモスの似合う百恵をじっと聴く     遊

愚かな地球月なに思う           紙

旧盆のエイサーの響き闇を裂く       野

世界を変えよ南の鼓動           遊

春風よ北に届けて愛の花          紙

 

ああ琉球弧 うりずんの雨           野

 

【かなまら祭 見物ツアー】

 

4月2日、ガード下学会メンバーの高橋さんからのお誘いで川崎大師駅へ行ってきました。駅名である川崎大師にも行ったのですが、メインは「かなまら祭」という奇祭を見に行ってきました。このお祭りは、毎年4月の第1日曜日に金山神社で開かれるもので、男性のシンボルを神輿で担ぐことで知られています。神輿は、かなまら舟神輿、エリザベス神輿、かなまら大神輿の3つがあり、祭祀を先頭に街中を練り歩きます。神事であるものの、男性のシンボルが街を練り歩き、拝まれる姿は海外からは奇妙に映るらしく、多くの外国人観光客が見物に来ていました。

普通のお祭りと同じように出店がたくさん出ていましたが、売っているものが奇祭ならではのものばかりで、男性のシンボルを形どった飴やイラストの入ったTシャツなど、さまざまです。一見すると非常に刺激的な光景にみえるこのお祭りですが、子宝や安産を祈願しての縁日であり、境内には若い女性の姿も多く見られました。また、近年はLGBTなどにみられるように性に対する多様な考え方があり、その多様な考え方の信仰対象としての役割も果たしているようでした。

ボーダレスでフリーダムな世界が、ここ川崎大師にはあります。日常生活ではなかなか感じることのできない時空間に来たような気がしました。かなまら祭の見物後には、昭和マーケット(昭和の雰囲気漂う市場)と川崎大師を巡り、昼食は「蕎麦膳はやま」でいただきました。

 

 

 

【子規庵 新春句会】

 

2月1日 ガード下学会

 

1月21日、台東区にある子規庵にてガード下学会・新春句会が行われました。坂手美保子さんリードの元、11名が参加しました。事前に新春の句(1句)、当期雑詠(2句)を用意することになっており、参加者はそれぞれ他の参加者が用意してきた句を自分の紙に書き写すことから始めました。この際、作者名は伏せられており、書き写しながら、気に入った句を選ぶ作業が同時に行われました。ある人は実際にあった出来事を詠んだり、ある人は作り話を詠んだりと、それぞれ全く違った色合いの句が出揃いました。子規庵で句会に参加したというのは、高校球児が甲子園で野球をやったようなものだと思いますが、地区予選にも出ていない私などがいきなり全国大会に足を踏み入れたかのようで恐縮です。しかし、かえって物珍しく良い化学反応が起こったのかもしれません。また、ガード下学会特有のルールに縛られない独創的な句(怪しい季語、字あまり)に、子規庵は和やかな空気に包まれました。もちろん、それぞれの句には、坂手さんより、しっかりとした解説と批評をいただき、一同勉強になりました。句会後は、鶯谷駅前の「大衆酒場・信濃路」にて一献、日本酒一升瓶が一本空くほどの賑わいとなりました。


【10月1日の茶話会(フェースofワンダーと仲間たちの作品鑑賞と書家・井上有一のDVD鑑賞:メモ】

井上有一さんのDVDは「異端のあるいはエキセントリック、突飛」な書家の生き様が編集されていました。校長先生がどんなきっかけから”異端”になったのか? 横川町で戦災に遭うわけですから、早乙女勝元さんの「わが街角」の世界にいたことになりますね。許しがたい空爆だったわけですが、その体験を書を通して(思想化でもある)表現するときに、初めは普通に書いていたのかもしれませんが、おびただしい焼死体(難死)を書ききれないことになり、試行錯誤を重ねながら”ぶち壊さないと”ダメだとなったのかな〜と。 ”異端”こそ表現の根っ子であるというメッセージは理解できました。金子さんが「今、これから井上有一の時代だ」と言っていましたが、そうだとすると表現の問題に限られず、社会の状況が「難死」(小田実の言葉です)あるいは、「難生」となっているということかもしれません。フェースofワンダーの仲間である、統合失調症を抱えた原田さんの制作現場のDVD(吉田さん監督作品)を続けて見ました。関わったお二人も同席という環境でした。原田さんは、指に絵の具をつけて直に描き出します。 画面の中に入り込むように描いていきます。 井上有一さんも、バケツに入ったボンド入りカーボン液を、大きな(10数キロの重さ)筆(馬の毛)にたっぷりとつけて大きな和紙に筆おろし。和紙は井上さんよりも大きいので、井上さんも画面の中に入り込まざるを得ません。この画面に入り込むという有様は、画面と作者の距離を縮めることになります。長い筆の時には、この距離もとられているので、遠くから全体をとらえることもできそうですが(客観的に)、画面に入り込むと全体ということよりも、細部が見えてくるのではないか。井上さんは、筆から下垂れる墨(点、線など)も文字なのだと言っていましたが、細部から触発された表現であることの証かもしれません。 ”ぶち壊す”という言い方には、この”細部”から”全体(というものがあるとして)”を捉え直す方法論かもしれません。原田さんは、井上有一さんの書を見たり、書物を読んだ。そのことから触発されて(ここでも多分、書のディテールとか、幾つかの言葉といった”細部”)、1ヶ月でスケッチブック1冊分の井上有一へのオマージュ作品を描いていました。井上有一の肖像があり、井上有一が度々書いた「貧」の字がありです。 触発によってそれまでの原田さんの描いたものとどこかが変容し出したのではないでしょうか。「異端」へのオマージュは、また異端となる。フェースofワンダーの仲間たちの関わり方が今回も紹介されましたが、この「異端へのオマージュ」が見られるのかもしれません。 それは、アカデミックな教育では、得ることのできない「異端」(突飛なるもの)を体験する、共有する運動なのかもしれないですね。通常、教育は「異端」「突飛」なるものを避けようとしているのですから。それでも、正直、分からないことだらけだな〜というところです。コトバということで考えると、やはり文章を読んだりしないと、ぶち壊しなどできませんし、音楽世界でも基礎的な音の組み合わせを知らなければやっぱりぶち壊せない。アカデミックと言わないまでも、何か基本となる「型」のようなものがある。「型」は何世代もの人の英知でもある。その「型」を知った上で・・・となるのかもしれないな〜と。あるいは、写経するように、異端など狙わなくても癒される手習いはありそうだしな、平凡な文字でも伝えられる心はあるのではないか?・・・などなど。心が、身体があるいはことばが開(劈)かれていく方法はたくさんあるのだろうな〜と。

 

 

 

神保慶政監督「僕はもうすぐ十一歳になる」鑑賞後記

 

9月3日

ガード下学会

 

昨日は2本の映画を見ることができました。ありがとうございます。大塚モスクとサヨナラをして、近くの居酒屋へ。そこでも映画をめぐって感想雑談。以下、それをメモしてみます。神保さんのやさしい呼吸のリズムが聞こえて来る映画であること、そして、事件が起こらない展開(ゆえにほっとできるのですが)だった。事件を期待してみてしまう癖のある我々ですが、事件なんて起きなくても困らないんですね。平凡でいいんです。少年と母、少年と父、少年と祖父それぞれは、違った考えを持っているのですが、違いを素直に受け入れて応答する。無抵抗に(素直に)、大人の話に反応する少年の姿は好印象でした。 少年俳優の”追っかけ”が出てくることが理解できます。改めて2本の映画に流れるテーマというかそれはなんだろうと?。『僕はもうすぐ十一歳になる』の少年は、昆虫採集で命と触れ合う。愛おしい命をコレクションする。指先が映されますが、指先で触れる命。その触れ合いを女の子にも伝えてゆく。指先で草木を振り分けながら虫探し。愛おしいように指先でてんとう虫に触れてゆく。虫で思い出しましたが「夢虫」(夢中でもある)というビジュアルを手がけた学生がいました。彼は虫や動物の体を合成して「夢の虫」を標本化したのです。文字どうり夢中に。夢中になる「少年と少女」。指先で触れる「少年と少女」。命に触れているわけですね。 祖母の遺灰にも触れ出します。お年玉袋に遺灰を入れます。その遺灰を顕微鏡で覗く。そこにはサンゴのような絵が映し出される。おばあちゃんは美しいサンゴになっていた。遺灰を川へ流します。川の水は少女の指先からペットボトルへ流し込まれます。ケルン(石積み)のシーンでも指先から始まります。医師に触れ、石を積むことで祈りの場が作れてゆく。このあたりは長沼さんが言われた「禁じられた遊び」(少年と少女のお墓作り)に通じるものがある。「触れる」積み重ねが、祈りとなると解釈できるのか。この「触れる」は、『せんそうはしらない』にも出てくるテーマ。 少女は赤ちゃんの泣き声の場へ。指先でその涙に触れる。舐めると「しょっぱいね」。ご飯をしゃもじで掬いラップの中へ。ご飯は指先でおにぎりになる。おにぎりとは何なのでしょうか?ひょっとして小さな記憶の粒の表象かもしれません。少女の指はお母さんの唇に(?)触れます。「あまいね」。短編ゆえ展開を追うことが難しかったのですが、「触れる」映画だと思えば、送り火の行灯は誰かの指先から送り出されたのだろうし、揺らぐ行灯は様々な記憶を孕み運河を流れてゆく。 冒頭とラストの運河を眺める少年と少女の姿は、「指先」のようにも見立てられる。 二人が指先に見る風景は、『僕はもうすぐ十一歳になる』のラストシーンの自由の空間へと飛びだすアニメ鳥にも重なります。(O)

 

 今回の映画を見て、虫と命について思い巡りました。小学生に頃にクワガタに憧れて、3,4種類ほど飼っていました。そして、あの映画の主人公と同じく、標本も作りました。劇中では冷蔵庫でしたが、私は茹でた記憶があります。その後、だんだん虫取りをしなくなってしまいましたが、なぜしなくなったのか今振り返ると、その頃、学校で習った芥川龍之介の「蜘蛛の糸」が影響していたように思います。蜘蛛の命を救った主人公はその後、地獄で蜘蛛の糸に救われそうになります。やはり、作中同様、虫から学ぶのは命なのだと感じます。(Y)

 

 映画はシンプルなストーリーでしたが、考えさせられることがたくさんありました。例えば体と精神の関係について。物質(お骨や身体)と精神が一体だとしたら、埋葬したり骨を自然に返したときに、身体が自然界全体にとけこむから、精神も自然の中に拡散されて一体になるのかなあ、などと考えてしまいました。この他には、どこから他者なのかについて。研究のために命を犠牲にすることについて。(U)

 

 神保さんのような感性の持ち主がいることが嬉しい。大塚モスクに集い遊ぶ無垢な子供達がこれから先、平和でありますように祈りたいという気持ちをもたらしてもくれました。(S)


国立西洋美術館

建築ツアー

 

4月22日

ガード下学会

 

4月17日(日)、国立西洋美術館の公式ボランティアをされている塩田さんに建築ツアーをしていただきました。以下に参加したメンバーからの感想などをまとめました。

 

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「日本で唯一のコルビュジエの建築物を懇切丁寧な説明と資料で体験させていただき、大変幸せな時間を過ごすことができました。ありがとうございました。
「建築ツアー」なるものができるのは、西洋美術館ならではのことでしょうか。」(仙洞田伸一)

 

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「何故か子供の頃、西洋建築史や美術史が勉強したいなぁと思っていた。のに、全く別分野で生きて来てしまいました。ので、昨日の見学ツアーや皆様のお話は楽しくて、嬉しくてたまりません。建築について知らない事、興味深い事が聞けました。やっぱりこういう勉強がしたかったなぁと、改めて思ったコルビジェ、国立西洋美術館ツアーでした。本当にありがとうございますそれにしても、丹下健三の広島平和記念資料館のピロティや木目のコンクリート柱なんかはそっくり。早速Wikiコルビジェの影響受けて建築家を志すと読んで納得。でも、広島平和記念資料館は、少しだけど国立西洋美術館より先に完成してるのですよね。「無限成長」出来なかった国立西洋美術館の成長(?)ぶりは、是非検証して欲しい。たぶんコルビジェもびっくりの日本独自成長があると思う、善きにつけ悪しきにつけ。老舗の温泉旅館が、別館や新館をつぎ足し、ゲーム機や自販機やご注意札で、本来の様を目隠ししするような成長(?)ぶりを発揮していないのならいいけれど、ね。」(清水ますみ)

 

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「昨日はありがとうございました。普段は展示品にばかり目がいってしまい、美術館そのものについてじっくり考える機会がなかったのですが、今回、無限成長美術館というコンセプトを知り、コルビュジェ思想の新たな一面を知ることができました。また、美術館周辺をコルビュジェによって文化エリアにする構想があったことも初めて知りました。構想は企画倒れになってしまいましたが、その遺志を継いだ前川國男が東京文化会館を建て、前に建つ師匠の建築から延長線上に窓を配置するなど、さまざまな師弟エピソードも聞くことができ、大変勉強になりました。本当にありがとうございました。また、建築勉強会を是非お願いいたします!」(山本浩輝)

 

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「昨日は長時間にわたり解説をお聞き頂きありがとうございました。通常のツアーは50分間しかなく、話足りないところがあるのですが、今回はかなり余裕を持って解説出来ましたので、自分としても楽しい経験となりました。そういえば、お渡しした資料の説明があまりできませんでしたね。世界遺産についてわかりやすく書かれているものと、西美本館の竣工時の資料です。前者は2014年の情報なので多少古いのですが、概略をつかむのには役に立つと思います。後者は半世紀ほど前の『新建築』の記事です。一つ問題があって、ブルーの紙の部分に平面図が載っているのですが、横方向に縮小されています。おそらく編集上の都合(レイアウトが厳しくなったので縮めた?)だと思いますが、ご注意ください。なお,「建築ツアー」についてですが、建物があるところなら(既になくても)どこでも可能です。過去には「丸ノ内建築ツアー」を催行したことがあります。これも約2時間かけて、丸ノ内地区にある保存・再生された明治・大正・昭和初期の建築を巡りつつ、日本の近代化について考察するというものです。オリジナル配布資料もありますので、いつでも出来ます。現在企画中のものとして「表参道建築ツアー」があります。このエリアは現代建築の博物館といっても良いくらいに充実しています。根津美術館から始めて、終点は代々木第一体育館、または明治神宮という感じですかね。途中、ブルーボトルコーヒーにでも寄って、サードウェーブ・コーヒーを堪能しつつ、散策するというのも楽しいと思います。また、機会がありましたら私の建築トークをお聞き頂ければ幸いです。」(塩田伸一)

 

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伊東小旅

 

3月5日

山本浩輝

静岡県伊東市に行ってきました。今日はとても暖かく街のいたるところで既に河津桜が咲いていました。伊東といえば温暖な気候で、温泉も湧くことからリゾート地として古くから有名です。今日は市内をサラリと歩いて回り、小出裕章さんの原発勉強会に参加しました。湯の花通り、キネマ通りという二つの商店街を通り東海館に立ち寄りました。東海館は昭和3年温泉宿として開業し、平成9年に伊東市に寄贈されました。現在は資料館兼日帰り入浴場になっています。昭和初期の貴重な木造3階建てです。各部屋で造りが違い、見応えがあります。東海館前の松川を渡り、公園で休憩し、伊東観光番に立ち寄りました。もともとは県内最古の交番でしたが、現在は観光所(番)に生まれ変わっています。あんじん通りを抜け、街の東側に。この辺りは駅前の温泉観光街と異なり、漁師町の雰囲気を感じます。あちこちの家で干物が干されていました。途中で立ち寄った酒屋(油正商店)では日本酒のブランデーを試飲。上品な甘さで美味しい!販売していたら是非買いたかったです。海沿いを歩き、観光会館へ。16時から2時間、小出氏の原発講演に参加しました。伊東市が属する静岡県は浜岡原発を抱えており、市民の関心が高いように感じました。広島に落ちた原爆800gなのに対し、原発は1t。福島原発の廃炉作業は下請けの下請けの下請けのと、たらい回しにされ、一般庶民が行っている。これでいいのかと感じることが多かったです。勉強になることが多い1日でした。またゆっくり伊東めぐりがしたいです。ガード下学会の遠足まち歩きをやりましょう。

 

 


コンテナーハウスの持つ可能性

今、Youtubeで100万回以上再生されている動画がこちら。コンテナーを利用してセルフビルドで家を建てるという内容。コンテナー利用で費用が安くすみ、なんと5万ドル以下です!

 

「こんなコンビニエンスなアトリエというか小屋が5万ドルでできる。日本の住宅は限りなく高価で諦める若者も多いですが、この方法でやれば実現できそうです。安い住まいをゲットして、そこを根城に、やりたいことを早くやるというのがアメリカ文化でしょうか。シッピングコンテナーなら地震に強いし、作り方によっては浮かぶようにも(津波対策)できるかもしれません。」大竹誠