人々

工事中です。

 

「つゆのあとさき」永井荷風(岩波文庫)


急激に西洋化した昭和3-4年頃の東京市街とともに、銀座のカフェーで働く女給の奔放な生活ぶりと当時の風俗や人々の感情が鮮明に書かれていて、銀座の街のガード下もでてきます。
「そして鉄道線路のガードを前にして、場末の町にでも行ったような飲食店の旗ばかりが目につく横町へ曲がり…」
「腕時計に時間を見ながら、君江はガード下を通りぬけて、数寄屋橋のたもとへ来かかると、朝日新聞社を始め、おちこちの高い屋根の上から広告の軽気球があがっているので…」
「その晩二人は数寄屋橋を渡ってガードの下を過ぎ、日比谷の四辻近くまで来たが、三十銭で承知する車は一台もない。」

(内海)

 

「東京物語 昭和史百一景」長谷川敬(時事通信社)


赤い風車のムーランルージュ
戦時中でもガード下に避難しつつ公演を続けていた劇団ムーランルージュの様子が書かれていました。
劇団ムーランルージュは昭和6年から昭和26年まで、新宿東口に近い新宿馬糞横町(現在の武蔵野通り)で、風刺の効いたインテリ向きコメディーを上演し、軽演劇とはひと味違う台本と現代感覚溢れるギャグが大いに受けたということです。
本文から抜粋:「戦争が激化すると、座員たちは次々に出征した。本土が爆撃を受けるようになっても芝居は続行され、敵機来襲が報じられると客たちは劇場から逃げて、ガード下などに避難。解除されるとすぐ客席に戻り芝居が再会される。」
ムーランルージュは、昭和17年には名前を「作文館」へ変更、昭和20年5月の空襲で劇場が燃え、昭和22年4月8日再開、昭和26年にはストリップショウなどに押され解散となったらしく、その後、民間放送(昭和26年開局)の脚本・出演などでもムーランルージュの出身者が聴取率を高めたそうです。(内海)

 

  「東京ど真ん中物語 ひと・まち・歴史」

-有楽町界隈ガード下物語、赤煉瓦に染み付いた異国情緒と人の情(取材・文 田中康文)-

千代田区麴町出張所地区連合町会・地域コミュニティ活性化事業実行委員会/編 

文藝春秋企画出版部発行

 

有楽町から新橋に向かうJR線路のガード下のお店の人々の話や歴史についての記事がありました。以下は記事の概要です。

 

有楽町日比谷口左手にあるカップ酒自動販売機の立ち飲みスペース「食安」、戦後昭和25年開業の居酒屋「日の基」「新日の基」について。
「日の基」店主の話によると、昭和25年頃この辺りは、マーケット、飲み屋、屋台、スカジャンを売る店などがあり、ケンカも日常茶飯事。また、新聞記者が「ブン屋」と呼ばれていた頃は、飲み逃げする記者が結構いたらしい。
日本初のガード下の店は、おそらく定食屋「いわさき」で、現在は晴海通りとガードが交差する角の宝石店の裏手にある。元々ガード下「日の基」の場所に、戦前、24時間営業のおでん屋として開業された。創業者、岩崎善右衛門の葬儀は昭和15年にガード下で行われた。また「いわさき」のあった場所(現在「日の基」の場所)は終戦直後、引揚者の一泊宿だったとのこと。
山手線、京浜東北線が走る日比谷側、赤煉瓦のアーチ型ガードの正式名称は「第一有楽町架道橋」。明治42年烏森駅開業、翌年有楽町まで延長され、造られて100年近く経つが現在も現役、設計はドイツ人のルムッシュテル、工事監督はドイツ人のパルツェル。
日比谷シャンテからニュートーキョーへ抜けるガード下は、通称「煙横町」、その脇には、50年ほど前に東京オリンピックに向けて出来た「インターナショナル・アーケード」、さらに新橋方向のJR東海ガード下には、川本三郎氏が「トンネル横町」と呼ぶ、暗くてナゾめいた「西銀座JRセンター」があり、ここには1946年のヒット曲「銀座セレナーデ」のモデルとなったバー「セレナーデ」や、果物店「福芳商店」がある。有楽町は映画やショッピング、デートの舞台というイメージの他にも、多彩な顔を持った街。(内海)

 

「好物漫遊記」種村季広(ちくま文庫)と都丸書店
1985年頃に出版された種村季広さんのエッセイに少し高円寺のガード下が出てきます。
種村季広さんは中央線沿いに住むことに憧れがあったそうで、「23.黄金の中央線」には、高円寺駅で降りてみたときのことが書かれています。ヤキトリ屋やガード下の古書店、都丸書店で買った本や書店にいた女子美の学生のよい匂いがしたこと、不動産屋に貼り出された物件を見る様子など。
また、闇市時代やその小説についても書かれていて、坂口安吾「白痴」、田中英光「曙町」は戦時闇経済の小説的メタファー、石川淳「焼け跡のイエス」は、戦後焼跡闇市のコントロールのきかない物質の野生状態のメタファーとして・・と紹介されています。
日本でもつい65年前にはこの小説
のようなの世界だったことを考えると、今当然と思っている制度や価値観が何かの拍子に無くなってもおかしくないですし、そのときには、またガード下が野生状態の闇市になるかもしれないと想像しました。
先日夕方に都丸書店の前を通りかかりましたが、閉まっている書店のシャッターの前にビール箱を並べた居酒屋の席ができていました。ちょうどガード下で通路も広く具合が良いのだと思います。書店開店時には、店の周囲の壁に本がずらっと並んでいます。(内海)

高円寺 都丸書店前